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バーゼル地域のヘルステック活動

欧州最大のライフサイエンスクラスターとして知られるスイス・バーゼル地域。そのなかでもヘルステック分野に焦点を当て、バーゼル在住のライフサイエンスアナリスト平野まり子氏による2020年11月現在の動向レポートを掲載いたします。世界各国から様々な規模の企業が集まり、オープンイノベーションや協業を盛んに行っているバーゼル地域の活発な様子を、ぜひご一読ください。

バーゼルに本社を構える世界大手ライフサイエンス企業ロシュ
バーゼルに本社を構える世界大手ライフサイエンス企業ロシュ

ライフサイエンス業界の方々の間では、バーゼルといえば、メガファーマのロシュとノバルティスの本社がある都市として知られております。 最近は、バーゼルに同じく本社のあるバイオテク企業ロンザも注目されています。ロンザは米国モデルナ社と、新型コロナウイルスCOVID-19のワクチン製造の10年支援契約を締結しました。

バーゼルは、様々な国際企業やそのスピンオフ企業、スタートアップ企業、スイス最古のバーゼル大学 (1460年設立)を始めとする高等教育機関、大学病院、そしてフランスとドイツの国境に位置することもあり、スイスというより欧州でのライフサイエンスを軸とする新しい産業を生み出す地域を形成しています。

産学官の連携
スイスの産業促進活動の特徴のひとつとして、産学官連携が挙げられます。例えば、連邦政府のイニシアティブであるスイス・イノベーションですが、インフラ基盤は連邦政府が提供し、事業戦略や運営は地方自治体、地元企業、そして高等教育機関が協力し推進します。このため、スイス国内にある5か所のイノベーション・パークはそれぞれ独自の特徴を持ち、専門分野では互いに競合しあうこともありますが、国を代表する際は協力し合います。

バーゼル地域の州政府経済開発局はBasel Area Business & Innovationで、やはり産学官連携で成り立ち、他の地域の州政府経済開発局と競合と協力をしております。Basel Areaは情報発信や企業支援、新産業を模索するプロジェクト(Catalyst Projects)の立ち上げ等々、中心的役割を担っています。数々のスタートアップ企業や起業家を支援するイベント、テーマごとのネットワークイベント、ロシュやノバルティスがかかわる企業イベント、大学による研究イベント、The Women’s Brain ProjectやIntelligence Health AIを始めとする国際会議などの情報を発信しています。

今春からCOVID-19感染拡大により、すべてオンライン形式での開催となりましたが、その恩恵としては、世界どこからもイベントに参加できるようになったことです。例えば、6月に開催されたロシュのVirtual Partnering for Innovation Summitでは、アフリカから参加したスタートアップ企業が、数分のピッチ(短いプレゼンテーション)で独自のアイデアを紹介しました。残念ながら、日本からの参加は見られませんでした。

Health Hackathon:患者さん視点に立った革新的ヘルスケアシステムを提案 
数々あるバーゼル地域のヘルステック活動から、イベントを二つご紹介いたします。まずは、患者さんの視点に立った次世代のヘルスケアシステムを提案するHealth Hackathon。Hackathonとは、米国のIT業界で始まりHackとMarathonを組み合わせた造語で、今では他の業界でも適用されております。各々属する組織や分野の異なる参加チームが、限定された日数のなかで 新しいアイデアや成果を競い合うイベントです。患者さんを中心にヘルスケアシステムを構築することをテーマに、Health Hackathonは10月23日から11月8日にオンライン形式で行われ、11月12日に活動報告がありました。共催はEUPATI(European Patients’ Academy) を始め、バーゼル大学病院、ロシュ、ノバルティス、アストラゼネカ、武田薬品工業、マイクロソフト、グーグル、保険会社Helsana、スイス研究開発センター(CSEM)など。

このイベントを考案し企画したDr. Giovanni Nasato によれば、参加希望者は200人を超え、最終的には75名が15件の独創的プロジェクトを煮詰めたとのことです。今後どのようにこれらのプロジェクトが実現されていくか注目されます。

MESROB 2021:  医療用ロボット技術
もう一つのイベントは、来年6月7日から9日(COVID-19の感染状況ではオンライン形式になるかもしれませんが)に予定されている、医療用ロボット技術ワークショップMESROB 2021。バーゼル大学病院が主催し、スイス連邦工科大学チューリヒ、関連業界および他の病院が連携します。期間中にはMedical Robotics Weekも開催され、医療用やリハビリ用ロボットの先端技術状況が発表されます。講演者はスイスのほか、米国、英国、ドイツ、スペイン、フランス、イタリア、オーストリアの研究者。その中で、バーゼル大学病院で発明された、高度なレーザー技術を駆使した世界初の全自動制御骨切り手術ロボットCARLO® (Cold Ablation Robot-guided Laser Osteotome system) が紹介されます。

バーゼル大学病院発のスタートアップAdvanced Osteotomy Tools - AOT
CARLO® は、2010年設立のAdvanced Osteotomy Tools – AOTにより、技術開発から事業化フェーズに移行し、着々と製品化を進めています。欧州のCE 認証に必要な臨床試験はバーゼル、ハンブルク(ドイツ)と、ウイーン(オーストリア)ですでに終了。CE 認証取得はCOVID-19感染の影響で遅れましたが、数か月以内とのことです。

AOTはバーゼル大学病院のレーザー物理学、医療画像分析、頭蓋顎顔面外科の専門研究者4名が立ち上げ、骨切り手術分野の革新化を狙っています。

CALRO
®は、2019年にバーゼル大学病院で世界最初の全自動制御による上顎矯正手術に成功。従来の手術方法は外科医の腕次第ですが、CARLO®が前もって患者さんのCTスキャンのデータや特徴を分析し、担当医は綿密で安全かつ迅速な手術ができるようになりました。また、骨の微細構造が損なわれないため、治癒も早く、患者さんに負担のない侵襲性が低い手術方法となります。

CARLO®は全自動制御ですので、医師の操作が必要なダビンチ手術支援ロボットなどとは異なります。

CEOCyrill Bätscherによれば、骨の厚みを20ミリから50ミリ以上にする次世代のCARLO®を開発中。高齢者に多い膝の手術等に応用できるようになりそうです。このほか、レーザー誘起ブレークダウン分光法(LIBS)を応用し、手術中に組織の癌性の有無をリアルタイムで分析できる技術も開発中です。

AOTは、今後海外進出を視野に入れ、投資企業への接触、また様々な医療機器企業と提携し、CARLO®プラットフォームとして展開する事業戦略を立てています。AOTのスタッフ数30名ほどですが、ほとんど修士や博士号取得のサイエンティストやエンジニアで、国籍数は6カ国のため、社内共通語は英語。スイスのライフサイエンス関連企業では、この人材の多様性は珍しくなく、AOTはその一例にすぎません。ちなみに、ロシュのバーゼル本社のスタッフ数は11,400名で国籍数は90カ国と報告されております[1]

人材の多様性と技術革新力
人材の多様性が技術革新の一因であること、そして技術革新と経済成長の相関性は、東洋大学グローバル・イノベーション学研究センターが、2019年11月に発表したグローバル・イノベーション・ランキング2019[2]で明らかにしています。下記の表にあるように、IMD、WEF世界経済フォーラム、そしてCornell/INSEAD/WIPOを含めた技術革新力のランク付けの比較によれば、スイスはすべて上位5位内に位置する唯一の国となっています。

日本のライフサイエンス業界にとって、スイスの技術革新の動向は一考の余地があるでしょう。

 

[1] https://www.roche.com/research_and_development/science-and-the-city/basel.htm
[2] https://www.toyo.ac.jp/news/research/labo-center/gic/20191128-1/

 

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平野まり子 
ライフサイエンス業界アナリスト。2004年に米国シリコンバレーに位置するマウンテンビューからバーゼルに転居。バイオテク企業を起業した経験より、革新的技術の製品化を目指すスタートアップ企業の支援に焦点を置く。米国ペッパーダイン大学院技術経営修士

 

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