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オープンイノベーションを実践していくには - スイスから得られるヒント -

今年2月中旬、スイス・ビジネス・ハブ 投資促進部が、スイスで活躍中の日本人3名の方々とオンラインでインタビューいたしました。クローズドイノベーションと対比されるオープンイノベーションを進めるにはどうすればよいか…ヒントを探ります。

スイスのイノベーション環境について、在スイス日本人3名にインタビュー。写真左から中桐氏、早田氏、近藤氏。
スイスのイノベーション環境について、在スイス日本人3名にインタビュー。写真左から中桐氏、早田氏、近藤氏。

参加してくださった3名(あいうえお順):

近藤俊哉氏: Genedata社でScientific Business Consultant。京都大学再生医科学研究所助教から、NIBR/FMI(Novartis Institutes for Biomedical Research/Friedrich MiescherInstitute of Biomedial Institute[1])で博士研究員を経て現職へ。
中桐幹博氏: Ascensia Diabetes Care HoldingsでGlobal Supply Manager。日本で勤務していた大手ヘルスケア企業がAscensiaを買収したことで赴任。
早田祐介氏: Idemitsu OLED Materials Europe の現地法人長。出光興産で研究開発、韓国支社で顧客支援業務担当後赴任。

スイス・ビジネス・ハブスイスでの仕事や生活についてお聞かせください。

近藤氏ダイバーシティ(多様性)が豊富で、欧州のみならず、世界中から優秀な人が集まっている。以前勤務していたFMI生物医学研究所は、世界屈指の研究機関で世界中の研究者が来たがっているところだった。ノバルティスの基礎研究所NIBRおよびバーゼル大学両方に所属するユニークな研究所であり、両者の密な研究協力の場として、産学連携の象徴的な存在。師事した教授も大学教授とノバルティスのシニア・サイエンティスト両方の肩書を持つ。FMIは世界各国から選抜された優秀な若手研究者の教育も担っている。
狭い大学の中に閉じこもっているのではなく、大学研究者にしてもコミュニケーション能力やビジネス感覚を持って、企業と積極的に連携しているのに驚いた。日本でアカデミアと企業との共同研究がうまくいかないのはビジネスに結びつかないから、と言われているが、スイスでは製品化のスピードが圧倒的に速い。基礎研究で面白い発見があった場合、それを応用研究・製品化に向かわせるスピードは、段違いである
大学、企業間の垣根が低く、相互に頻繁に情報交換をしている。また、研究成果を発表するイベントなども多い。非常にコンパクトに世界トップレベルの企業、大学、研究所などが集積しており、そこに、知識豊富な投資家やビジネス化するディベロッパーなどもそろっており、シードを育てるのが早くて、容易な環境が整い、外国企業にも非常にオープンである。
プライベートとしては、非常に住みやすくクオリティオブライフが高い。コンパクトながら、スポーツ、文化的な施設がそろっているのに加え、医療施設なども整っているのが素晴らしい。特に、出産、子育てには最適であったため、妻も非常に安心することができた。

中桐氏スイスは治安が良くて安全。家族を帯同する場合は、非常に重要。物価は高いが、その分給与レベルが高いということを理解した。国籍やバックグラウンドの多様性には驚いた。自分の部署も30人いるが、スイス人は2人だけ。後は、英国、ドイツ、フランス、スロベニア、セネガル、ポルトガルなどの外国人。前職も様々。優秀な人を選んで雇える環境にある。日本のように、ほぼ全員が日本人で、その会社に長く勤務している状況とは全く違っていた。

早田氏街が衛生的で、きれい。インフラも整っている。人々もフレンドリー、ルールを守る。守らない人がいてもそれを守らせる雰囲気がある。電車なども時間に正確。仕事面では、専門性の高い人が自分の担当分野に責任感がある。当社が、スイスに拠点を置いた理由も欧州での専門人材の確保が可能な点だ。男女、外国人を問わず、会社として欲しい人を集めると、自然な形でダイバーシティが成り立っている印象だ。

近藤氏ダイバーシティと働き方は密接につながっている。日本にいると夜中までの仕事は日常茶飯事で、それを強要するような雰囲気がある。スイスは、分業体制ができていて、余計な雑用をやる必要がない。夕方6時には帰宅し、産休、育休は当然の権利として認められている。そういう環境で女性も働きやすいので、子供が生まれても職を去らずに済む。私のいた乳がんの研究などは、女性がマジョリティだった。女性にとって働きやすい環境であると思う。
 

スイス・ビジネス・ハブスイスのイノベーションの印象は?

中桐氏/スイスは、男女や外国人などの多様性を受け入れるような仕組みを政府と企業で作っていった。それにより、イノベーションが生まれ、どんどん新たに優秀な人が集まってきているという印象。これからの時代には多様性は、絶対に必要だと確信した。

近藤氏/スイスは、スタートアップの育成のため、投資をはじめ、しっかりしたサポートをしている。また、産学の垣根が低いので、情報共有や共同事業の話がしやすい。長期目線でイノベーションを評価する風土もある。

早田氏/当社にとって脱炭素は重要な課題で、スイスのクリーンテック系ベンチャーキャピタリストへの出資とともに、本年4月から情報が集まりやすいスイスに人材を増やしグローバル規模でのオープンイノベーション推進拠点を設置予定イノベーションは、時間もかかるし、投資も必要なので、それを理解し、我慢する度量も必要だと思う。

近藤氏/スイスは、イノベーションが必要な場所(ジュネーブ、チューリヒ、バーゼルなどの国際都市)には、ダイバーシティをもたらしている一方、スイスの伝統文化を重視している。日本も独自文化を守りながらダイバーシティをもたらすことは可能と思う。
 

スイス・ビジネス・ハブスイスの雇用環境で気が付かれたことは?

中桐氏/海外勤務は今回初めて。様々な国籍とキャリアバックグランドを持つ人たちと一緒に仕事をする中で自分の考え方が変わった。日本の年功制や順送り人事の雇用システムは徐々に変化しているので、海外勤務がどのように評価されるかわからないが、自分のキャリアの付加価値となると感じている。

近藤氏/スイスでアカデミアから企業へキャリア変更した経験から、研究活動の経験や業績を評価できる企業の人事システム、そして研究者でも多様なキャリアパスがある柔軟な雇用環境を体験した。

早田氏/日本でグローバル人材を育成していくには、海外へ送り出す側のサポート、そして海外での受け入れ体制など雇用体系や評価システムを整えていくのが望ましい。

【スイスから得られるヒント】

  • 企業とアカデミアの密接な協力関係、製品化へつなげるスピードががイノベーションを発展させる
  • ダイバーシティの豊富さが、様々な視点の斬新なアイディアを生み、イノベーションが加速する
  • 企業は長期目線を持ってオープンイノベーションに取り組み、その人材育成には、日本の雇用体系や評価システムの見直しを

日本の雇用体系や評価システムの見直しによって、外国とのオープンイノベーションの可能性は確実に上がり、さらにスイスならその多様性と研究応用への展開力を活かした、他に類を見ない環境でイノベーションを推進できる。日本側での少しの工夫で欧州への壁(またはハードル)は意外にも低いものとなり、そのハードルの先で享受する成果の大きさは計り知れない可能性がある。

 

〈ライフサイエンス業界の最新ニュース〉
Forty51 Ventures  - 企業の研究開発部門や大学内で埋もれている新薬候補の発掘を専門とするベンチャーキャピタルが最近設立を発表。 シードステージから起業へ、またアーリーステージのスタートアップへの支援が中心。オープンイノベーションを推進するライフサイエンス企業が注目中。

Holmusk   - 今年1月にスイスに拠点を設立したHolmuskは、精神疾患や神経疾患を中心に、機械学習技術を駆使した膨大なデータ分析により、予防や治療の情報や調査を提供。2015年にシンガポールに本社を設立し、世界中で働くスタッフは100名以上。スイスではアカデミアや病院と協力し革新的な製品やサービスの開発を計画。

 

[1] Friedrich Miescherは1869年に世界で最初に細胞核中に核酸を発見したスイス出身の生化学者。FMIの研究成果の知財はノバルティスが優先交渉権を持つ。

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平野まり子 
ライフサイエンス業界アナリスト。2004年に米国シリコンバレーに位置するマウンテンビューからバーゼルに転居。バイオテク企業を起業した経験より、革新的技術の製品化を目指すスタートアップ企業の支援に焦点を置く。米国ペッパーダイン大学院技術経営修士。

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